やましたさんちの玉手箱
ジャックの記事
連載
TOP > 書斎 > 本

太宰 治 関連本 夫人と師と編集者

 6月になると、桜桃忌がやってきます。私があれこれ説明するまでもなく、ニュースでいろいろ取り上げられるでしょう、いわずと知れた、作家 太宰 治の命日。

 ジャックには太宰 治にはいくつかの思い出があるので、手元に残っている書籍と共に紹介することにします。

 初めに太宰 治の小説に出会ったのは大学1年のとき。実は、早稲田入学してすぐに行われた新入生を対象にした身体検査で「精密検査の必要」と査定されました。当時の胸部X線検査のフィルムは、フイルムカメラで言うところの「6×6サイズ」よくこんな小さな写真で異常を見つけたものだ、と今になると、発見した医師に感謝しなければいけないのですが。精密検査の結果は「異常あり、療養必要」というがっくりものでした。
 紹介してもらった診療所での所見は、通常私たちが目にする大きさのレントゲン写真。左の上部に「白い影」、これが結核の状態、白くはっきり空洞が見える状態になると、手術でないと完治できない、ということで、何日も通っていない大学へ行くことかなわず、病床へ。

 本来なら結核療養所、所謂サナトリウムに入院しなければならないところ、葛飾の実家は二階が独立していて、そこでの生活が許されました。ところが、診療所から渡された生活メニューは「向こう6ヶ月は寝たきりの療養、散歩は勿論、机に向かって座ることもダメ、更に午後1時から3時までは完全静養で、ラジオ聞くことも、本読むことも禁止」。

 それでも、何もしない毎日は苦痛でした。見かねた兄のカズンが自宅から「太宰 治全集 筑摩書房」20数刊を持ってきてくれました。こうして、太宰 治との付き合いが始まったのです。

 全巻読了するのには、ある程度病気が治まってきた1年ぐらいはかかったと思いますが、ほぼ全てを読みました。ただ、こうした読書の仕方は、後で思い返しても、特に印象に残る作品ってあまりないのです。読みたい小説って、作者に惹かれる、作品の内容に興味を持つなどして読んで、印象深かった作品が何時までも心に残るものなのでしょう。全部、一緒くたに読んでしまった弊害です。

 それでも、後年、取材の仕事をするようになって、仕事場で待ち合わせる仲間と、どちらが先であろうと後であろうと“待つほうがつらいかね、待たせるほうがつらいかね”なんて、走れメロスの一説をよく言い合ったものですし、また、女性編集者と仕事の後で食事をしたときに、出てきたスープをパクパク口に運ぶのを見て“あのねー、スープって言うのは、ひらりひらりと小さなお口に運ばなければいけないのよ”なんて、斜陽の一節を話題にすることもありましたね。


 もう一つが、ジャックがどうしても行ってみたかった「青森 金木の斜陽館」太宰の生家です。5年間勤務した編集プロダクションを辞めたとき、適当に退職金も出たので1週間ほどの旅行に。
 これも是非行ってみたかった「三陸鉄道」を北上。薬研温泉に泊まり、恐山の中の温泉小屋で湯につかり、まだ開通していなかった青函トンネルの上を、大間からフェリーで函館へ。その後、青森に戻って、斜陽館へ。現在は記念館になっていますが、この頃はまだ旅館として営業していました。大きくて広い、しっかりとした柱のある、いくつもの部屋がありました。
 蛇足ながら、帰りは五所川原から能代まで「五能線」の車窓も楽しみました。


 さて、太宰関連の本です。

●回想の太宰 治  津島 美知子 著  人文書院  昭和53年  980円
  太宰の夫人による回想録。太宰は、本名 津島 修治
最も近くに居た人の、作家としての日常などを交えた、貴重な回想録。後書きで“研究者や愛読者からの問い合わせもあるが、この著書の中で見出してもらえれば”と書いている。
 2016年に亡くなった作家の、津島 祐子さんは、太宰の次女。
また、作品「斜陽」のモデルといわれている、大田 静子との間に生まれた、大田 治子も作家として活躍している。私は、編集者時代、随筆を依頼して、直接原稿を受け取りに行き、お目にかかっている。写真も撮らせていただいた。祐子さんに比べて、太宰の面影を残した女性の印象がある。
●太宰 治  井伏 鱒二  筑摩書房  1989年  2.270円
 自他共に、師として、友人として、20年にわたる交友を綴ったもの。冒頭の章で、太宰の死について、語っている。
回想の太宰治 (講談社文芸文庫 つH 1)
津島 美知子
講談社
売り上げランキング: 174,689
太宰治
太宰治
posted with amazlet at 17.06.03
井伏 鱒二
筑摩書房
売り上げランキング: 107,674



●回想 太宰 治  野原 一夫  新潮社  昭和55年  800円
 筑摩書房の「太宰 治 全集」時代から、編集者として著者にかかわってきた人。出版社をいくつか変わって、新潮社から「念願」としていた回想録を出版。後書きの前に「付記」として、こんなことに触れている。“太宰には、他殺説 というのがある。首に紐で絞められたあとがある。富栄さんのしわざで、引きずり込まれた、というものだが、実際に川から引き上げに手を貸した自分が、一番近いところで見ているが、そんな痕は見られなかった”と。
  太宰が愛人であった、山崎 富栄と入水自殺したのは玉川上水。ちょっと話がずれるけれど、私の長兄の家は、元の武蔵野市牟礼。何度か、ここへ行ったことがあるが、この川は彼の家から200メートルほどの林の中にある。3~4メートルほどの川だが、雨上がりは結構流れが速い。川幅に比して、中は、両岸にえぐれたようになっていて、一度落ちると上がってこれない「人食い川」と呼ばれていた。
 ・右の写真は、太宰のものとして有名な、銀座のバー「ルパン」で撮られたもの。
●太宰 治 結婚と恋愛   野平 一夫 新潮社  1989年  1.150円
  表紙で見せられなかった、背表紙の帯、の言葉を紹介しておきます。[弘前高校時代に懇ろのなった芸者と、上京後、同棲。実家の重圧にたえかねて、銀座の女給と心中、ひとり生き残る。やがて見合い結婚。作家生活に励みながらも、[斜陽]の女と一児をもうける。そして三十九歳で心中。女を素材にして、揺れ動く自らの心理を巧みに変革し、小説化していく天分の才筆。太宰の虚実を徹底的に解明する。
回想 太宰治 (新潮文庫)
野原 一夫
新潮社
売り上げランキング: 359,565
太宰治 結婚と恋愛
太宰治 結婚と恋愛
posted with amazlet at 17.06.03
野原 一夫
新潮社
売り上げランキング: 328,191




この二冊は、私が葛飾の実家から、結婚するときにもらってきたもの。表題「太宰 治」は昭和23年刊。「人間失格」と「グッド・バイ」が収録されている。筑摩書房。因みに、百 参拾円(円の古字見当たらず)。
 もう一冊は「斜陽」のみ収録。新潮社。七拾円。
いずれの奥付にも、太宰の印鑑のあとが見られる。所謂「印税」といわれるもの。発行された書籍には、著者が一冊ずつ判子を押して、発行部数を確認した証だ。ただ、これを見ると、二冊で判子の大きさが違う、どいう風に使い分けていたのか、興味がある。
斜陽 (デカ文字文庫)
斜陽 (デカ文字文庫)
posted with amazlet at 17.06.03
太宰 治
舵社
売り上げランキング: 474,037


もう一つは、最近のコミック雑誌から。私が唯一愛読しているコミック誌「ビッグコミックオリジナル」。10年以上隔週で発行されているものだが、なんと、5月上旬の号から新連載で「人間失格」が登場した。巻頭で、太宰と富栄が入水するシーンが、かなり入念に描かれているので紹介する次第。ただ、先ほど書いているけれど、玉川上水は、こんなに長くて高い堤防はない。入水するとすれば、「えいっ」と、飛び込むしかないのだが。


人間失格 (デカ文字文庫)
太宰 治
舵社
売り上げランキング: 166,914


 話はちょっと飛びますが、 最近、三歳の女児を虐待して裁判になっている事件があります。これに限らず、実の子を虐待する記事を見て、久しぶりに太宰の作品の一部を思い出してしまった。作品「父親」から。“親がなくても子は育つ、といふ、私の場合親がいるから子は育たぬ”。
▲ページTOP